癒されるということ

投稿日時 2007-02-19 15:20:25 | カテゴリ: リコネクション

リコネクション
ナチュラルスピリット発刊・・P189より抜粋

 話のついでだが、患者が期待した癒しを得られなかったとき、それは、いったい何を意味するのだろうか?
 僕は当初、失敗だと見なしていたことに対して自分を責めていた時期があった。劇的に成功したヒーリングの場合同様、明確なヒーリングが起こらなかった場合でも、僕には責任がないということを最終的に受け入れなければならなかった。それならば、ヒーリング・セッションが期待した結果を生まなかった時、それはどういう意味があるのか?
 ヒーリングに問題があるのではなく、期待することに問題があるのだ。僕は、誰もが癒されるわけではないとよく言っていたものだ。でも、もはやそれを信じてはいない。今では誰もが癒されると信じている・・・必ずしも患者が期待したとおりのものとは限らないが。
 「ヒーリング」が宇宙の完全性との再結合を意味することを認識することにより、僕たちが何を受け取る必要があるのか、その結果として何を得るべきかということは宇宙が知っていることを理解する。重要なことは、僕たちに必要なことが、必ずしも僕たちが期待したり欲しいと思っているものと一致するとは限らないということだ
 ヒーラーが導管としての役割を受け入れなくてはならないのとちょうど同じように、患者も受け手としての役割を受け入れなければならない。患者の仕事は、単に自分たちがヒーリング・エネルギーに応じられるように準備し、やってくるものを受け入れることだけだ。そうすれば何かがやってくるだろう。それは、まったく思いがけないことかもしれない。
 患者が胃潰瘍のためにあなたのところにやってきたとしよう。あなたはヒーリング・セッションを一回もしくは数回にわたって行ったが、胃潰瘍は治らない。患者は不満を覚え、あなたは失敗したように感じる・・・あなたもただの人間なんだから、そんな風に感じるべきではないとわかっていても。しかし、数ヶ月後、その患者からまた連絡がきて、「胃潰瘍はすっかり消えました。たぶん、あなたに会った後、物事をあまりくよくよ考えるのをやめ、お酒もタバコやめたし、妻や子供たちとの関係もずっと良くなったからでしょう」と言われる。このように、ヒーリングが起こったのは彼らがあなたと過ごした時間以外の何かのお蔭だと言うこともあるだろう。しかし究極的には、それはたいして問題ではない。
 このような人たちは、結果に執着しすぎているのだ。そして、もしヒーリングを妨げるものがあるとしたら、それは執着なのだ。執着は阻害物であり、あなたが伝えようとするものの流れを遮断してしまうのだ。




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